進行性脊髄軟化症という恐ろしい病気をご存じですか?
進行性脊髄軟化症とは、重度の脊髄損傷後に発症する非常に危険な神経疾患です。
脊髄の一部が壊死を起こし、その壊死が上下に波及することで命に関わる状態へと進行します。
特徴:
- 発症から通常2〜7日で死亡するケースが多い
- 呼吸を司る神経(頚髄)まで壊死が広がると、呼吸停止に至る
- ダックスフントやフレンチブルドッグなど、軟骨異栄養性犬種に多い
- 現時点では確立された治療法はなく、「予後不良」とされている
診断のポイント:
- 深部痛覚の消失
- 急速に進行する神経症状
- MRIでの広範な脊髄内高信号所見
当院の症例紹介
6歳のトイプードルの女の子が、「急に後ろ足が立たなくなった」とのことで当院を受診されました。
診察では、椎間板ヘルニアが強く疑われ、神経学的グレードは4(後肢に運動障害があるが、深部痛覚は残存)と評価。翌日にMRI検査を実施することになりました。
しかし、MRI検査後の再診時には、深部痛覚が完全に消失しており、神経グレードは最重度の「グレード5」に進行し、明らかな悪化が見られました。
MRI画像では、腰椎間に大きな椎間板ヘルニアと、脊髄内に広がる高信号領域(浮腫や壊死の兆候)が確認されました。この時点で私たちは、進行性脊髄軟化症可能性が極めて高いと診断しました。
以下は実際のMRIの画像です。
黄色の矢印で示されている、周囲よりも白く見える部分は、脊髄神経内で浮腫や壊死が疑われる領域です。
動物検診センターキャミック城南 所見書より引用
手術の決断
当院では、病気の進行の速さと致死率の高さ、そして治療の限界についてすべて正直にご説明しました。
飼い主様にお伝えしたのは以下の点です:
- 手術をしても歩けるようには戻らない可能性が高い
- 一生涯、排尿介助や車椅子などの介護が必要となる
- それでも「命を救う」ことだけは、可能性が残されている
飼い主様は、「歩けなくても、命が助かれば」と、手術を決断してくださいました。
手術内容と術後の管理
行った手術は、広範囲椎弓切除および硬膜切開術。
これは脊髄内の圧力を軽減し、軟化がさらに広がるのを抑える目的で行う繊細な手術です。
手術中には、すでに実際に軟化が始まっている脊髄組織を目視で確認。
術後の病理検査でも、進行性脊髄軟化症であることが正式に診断されました。
なお、以下には、実際に手術で確認した神経の様子も掲載しております。
※手術時の臓器の写真となりますので、苦手な方は閲覧にご注意ください。

この病気は、多くのケースで術後数日以内に呼吸麻痺や神経症状の波及が起こり、命を落としてしまう恐ろしい経過をたどります。
術後は、呼吸機能や神経症状の進行の有無の観察を毎日行いながら、慎重に経過を見守りました。
結果――
呼吸状態に異常はなく、新たな神経症状も出現せず、奇跡的に、もっとも危険な術後数日を無事に乗り越えることができたのです。
現在の様子と生活の工夫
術後、後肢には麻痺が残りましたが、抜糸の際には明るい表情で、元気な姿を見せてくれました。
最近では、手術後初めてのトリミングも無事に終え、スッキリとした様子に。

現在は、以下のようなケアを受けながら穏やかな生活を送っています:
・1日数回の圧迫排尿による排泄の管理
・床ずれ防止のための工夫
そして何より、飼い主様が毎日欠かさず、深い愛情で献身的なお世話を続けてくださっています。
今後は特注の犬用車いすを導入し、もっと快適に、そして活発に過ごせるよう準備が進められています。
獣医師よりメッセージ
進行性脊髄軟化症は、私たち獣医療に携わる者にとっても、極めて過酷な病気です。歩行機能の回復は難しく、命すら救えないことも多いのが現実です。
しかし今回のように、早期に正しい判断と対応を行うことで、“命だけでも助けられる”ケースがあることを、私たちはこの症例から再確認しました。
「助からない」と言われても、あきらめないでください。
まずは一度、ご相談ください。最善を尽くす選択肢があるかもしれません。